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ちゃこ

Author:ちゃこ
ちゃこ:犬 雑種♀
+ちゃこのおとーさん
年齢: 10歳
おとーさんは50歳
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おとーさんは昨年大きな病気と手術でリハビリ中。
ちゃこも病気に・・・。でも頑張ってます!
楽しいことをたくさんスクラップブックに貼り付けて・・・
あ、ちょっと偏っているかな?

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オーギュスト・ペレ いろいろ そして東女(とんじょ)へ・・・。Auguste Perret

レイヌアール通りのアパート 1930年 apartment house,Rue Raynouard,Paris,1930
UIA (The International Union of Architects: 国際建築家連合) が入っているらしい?フランクリン街のアパートから一直線 約750m である。


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           ↑ストリートビューはこちらをクリック!

レイヌアール通りのアパート01 レイヌアール通りのアパート02 

レイヌアール通りのアパート03
南側の坂の下から。左の建物。2階に見えるガラスのところは地上の1階。ちがったB1。どうも奇妙な平面なのだが、さてどのような空間なのだろう?

写真から想像するしかないが、この界隈、雰囲気があります。


Cassandre House 1924
11 rue Albert Joly, Versailles,

ほとんど資料がないのですが、ペレの住宅。1924年。所在地はヴェルサイユです。
とりあえずお散歩してみます。


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ランシーの教会堂 1923年 Notre-Dame du Rancy 1923 Avenue de la Resistance,Le Raincy(パリ郊外)France
・ル・ランシーの教会堂(Notre-Dame du Rancy 1923)


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さっそくストリート・ビューでお散歩してみる。

あ、これは「とんじょ」(東京女子大学)ではないか!三鷹付近を彷徨って、過去2回ほど「とんじょのチャペル」を見たことがある。今思うと懐かしい思い出である。
「とんじょ」「ぽんじょ」(日本女子大学) 数え歌もあった。

東女(とんじょ)はこちら↓


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・東京女子大学 『ウィキペディア(Wikipedia)』


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フランクリン街のアパート オーギュスト・ペレ Auguste Perret

オーギュスト・ペレが好きだ。「フランクリン街のアパート」は世界で始めての「鉄筋コンクリート」による建築。たしか、世界で始めての鉄筋コンクリートはロンドン万博に出品された「植木鉢」だったのではなかっただろうか?

1903年という時代もあろうかパリという場所のせいだろうか、現代にはない「華」を感じる。

オーギュスト・ペレ(Auguste Perret、1874年2月12日 - 1954年2月25日)はベルギー、ブリュッセル生まれの20世紀フランスで活躍した建築家。

フランクリン街のアパート02
フランクリン街のアパート


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図面と写真
・Rue Franklin Apartments - Auguste Perret
・Paris, Apartments at 25 bis rue Franklin

ペレは第二次世界大戦のノルマンディー上陸作戦で破壊され、8万人の市民が住居を失ったフランス北西部の都市、ル・アーヴルの再建に中心的な役割を担った。

「ル・アーヴル」を見て見ましょう!


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何でしょう?片っ端から拾ってみます。







Le Havre (France) by Auguste Perret (Unesco World Heritage)

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高円寺のエレックセンター

高円寺には結構面白いところがいっぱいあるのだが、やはり高円寺といったら「エレックセンター」であろうか。北口を出て、高架に沿って環七まで歩くとすぐそこにあった。歩道橋の影にある小さなビルの1階に店はあった。おそらく「初歩のラジオ」という雑誌の広告を見ていったのが最初であろうか、その後「秋葉原」を覚えてそっちへ行った。

今はもうない古いタイプの「カーボン抵抗」や「ペーパーコンデンサー」がぎっしり並んだお店が懐かしい。そうだ「エンパイア・チューブ」なんてのもここで初めて買った。名刺ケースくらいの透明ケースの組んだラジオを作ったのが、おそらくはじめての電子工作である。

今でも、東京へ行くことがあって、環七を走って、中央線の高架をくぐる機会があると、つい「エレックセンター」を探してしまう。

Yahooの知恵袋から転載・・・
・「30年位前に高円寺に有ったエレックセンターってどこかへ移転したのですか?それとも無くなったのですか?・・・」
・「・・・1990年ごろは営業していたはずですが、1995年ごろにはお店の看板がなくなっていました。・・・」

さて、その後大きくなってからの高円寺探検は、アジアン雑貨の「仲屋無限堂」や、そのむかいあたりにあった古書店へよく行った。こちらは駅のすぐ横にある、ガード下のショッピングモール。

高円寺の一番古い記憶は、たぶん昭和38年ころ、環七を作っているときの工事の記憶だ。中央線もまだ地面を走っていたのではなかっただろうか。そのころの東京はまだ「未舗装」の道路がいっぱいあった。

■忘備録:そのころ谷原のガスタンクは3つだったし、目白通りはその辺りで砂利道だった。

さすがに「エレックセンター」の画像はないのだ。


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エレックセンターの広告があった。「初歩のラジオ」1971年10月号である。

エレックセンター広告

おなじく「科学教材社」というのがある。こちらは神田錦町。昔とかわらない姿で、まだある。

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中野の名曲喫茶「クラシック」

「名曲喫茶」といっても御茶ノ水の駅前にあった「ウィーン」みたいなところとは少し違う。あそこは大きかった。店内も迷路のようだった。

今はもうない。サンプラザのちょうど横のあたり、吉野家の角を路地に入ったところにあった。その佇まいに圧倒される。
入り口を入ってすぐ横の階段をにじり登って2階へあがる。真ん中の吹き抜けを囲みように2階席がある。およそ海賊船とはこのような感じなのだろう、といつも思っていた。床もテーブルも斜めであった。
いつのころから斜めだったのだろう。通って20年か30年になる。はじめて来たときから斜めだったような気がする。

東京へ行くたびに寄ってみていた。チケットを買っていつもの2階へ登っていった。いつまであるのだろう?そう思うようになっていた。
・・・ある年の夏、更地になっていた。楽園であったのに・・・。

Meikyoku Kissa "NAKANO CLASSIC" Classical Cafe 名曲喫茶 中野 クラシック (中野)

縁のある方が隣の高円寺で続けているのですね。でも、もう行くことはないかも知れないですね。


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Sumer is icumen in 『夏は来たりぬ』

ミニマル・ミュージックで思い出した。これはどうだろう?現存する世界最古の合唱曲らしいです。
・Sumer is icumen in 『夏は来たりぬ』(1280年頃 - 1310年頃)


London, British Library, MS Harley 978, f. 11v.
写本 London, British Library, MS Harley 978, f. 11v.

こちらが音源です。以前はこういうのを聴こうと思ったらずいぶん苦労したのですが、今ではなんと簡単なのでしょう!

English Singers - Summer is Icumen In - John of Fornsete

こういう音楽って理屈で作られているのでしょうか?13世紀にですね。

1972年のミュンヘンオリンピックのときの映像です。・・・よく見ますと、このスタジアムはフライ・オットーではないですか!
彼は反ナチズムの思想からこのような軽い構造体を作っていくのですが、現代オリンピックって何か・・・。


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